- 札幌の工場設立・販売
- 1876年設立 / 1877年一般販売
- ヱビスビールと恵比寿駅
- 1890年ビール発売 / 1901年貨物駅開設
- スーパードライ発売
- 1987年
- ビール製造免許の最低製造数量
- 1994年、2,000kLから60kLに変更
日本のビールは、開港地の外国人の需要と明治政府の産業育成を背景に、工場で生産する産業として育ちました。ラベルの星には官営醸造所の始まりが、恵比寿という地名にはビール輸送の痕跡が残っています。この歴史を知ると、なじみのあるブランド名を、味の優劣とは別の角度から見ることができます。
要点 工場の設立と商品の発売を分け、ラベルの印や都市の名前が生まれた経緯をたどると、日本のビールを産業とデザインの歴史として読むことができます。
注目したい点
- 日本の商業醸造には、横浜の外国人による事業と、北海道の官営事業という異なる出発点があります。
- 1876年の札幌の醸造所設立と1877年の商品販売のように、会社・工場・ブランドに関する年は区別する必要があります。
- サッポロラガーの赤い星と恵比寿の駅名には、それぞれ開拓使とビール輸送の痕跡が残っています。
- ドライ競争や酒税制度は商品の名前を変えましたが、初期のビールの味まで教えてくれるわけではありません。
明治以前にもビールは知られていました
日本にビールが初めて知られた時期をペリー艦隊の来航とすると、それ以前の記録を見落としてしまいます。キリンの歴史資料では、1613年のイギリス船の積荷目録や、1724年にオランダ人を通じて日本人がビールを飲んだ記録が紹介されています。1812年には、出島のオランダ商館長ヘンドリック・ドゥーフが試験的に醸造したと伝えられています。こうした接触や試みは、後の工場生産とは規模も目的も異なりました。
1854年、ペリー艦隊との条約交渉後に開かれた船上の宴会には、泡の多い酒の記録があります。キリンはこれをビールと推定しています。記録にある酒を現代の商品と同じように特定することはできず、ペリーを最初の紹介者と呼ぶ根拠も十分ではありません。ビールに触れた歴史と、ビール産業が生まれた歴史は、分けて読むほうが正確です。
横浜で生まれた需要、北海道に建てられた工場
開港後、横浜には外国人居留地ができました。ウィリアム・コープランドは、そこでの需要をもとに1870年にスプリングバレー醸造所を開きました。1869年という年は、別の醸造所であるジャパン・ヨコハマ・ブルワリーと区別する必要があります。スプリングバレーでは、エールやポーター、ラガーなど複数の種類を造っていました。日本のビールの始まりを、ドイツ式の一種類だけで説明しにくい理由です。
サッポロの始まりには、政府の事業がありました。明治政府の開拓使は、北海道に産業を育てる過程で、1876年に醸造所を開きました。開拓使は、当時の北海道開発を担当した官庁です。開港地の民間事業と官庁による産業育成が、別々の経路で醸造を発展させたことになります。これを日本酒をなくすための計画と断定したり、反対に日本酒とはまったく競合しなかった事業と説明したりする必要はありません。
ドイツで学んだ技術は、どのように札幌へ来たのでしょうか?
札幌の醸造技師として知られる中川清兵衛は、初めから政府がドイツへ派遣した留学生だったわけではありません。1865年、当時は禁じられていた海外渡航を敢行し、ドイツで醸造を学んだ後、1875年に帰国しました。確認した公式資料には、ベルリンのビール醸造所で修業したことが記されています。海外で身につけた個人の技術が、翌年、開拓使の事業につながりました。
ラガーは、比較的低い温度で発酵・熟成させるビールです。冷却設備が今ほど整っていなかった時代には、低温を保つ方法が重要でした。開拓使の醸造計画には、天然氷の確保や大麦・ホップの試験栽培が登場します。北海道で野生のホップを発見した記録もあります。こうした具体的に確認できる条件のほうが、「北海道ではどこでも米より大麦の栽培に適していた」という広い主張よりも、醸造所の立地をよく説明しています。
ラベルの年は、何の誕生日なのでしょうか?
サッポロは、1876年の醸造所設立と、1877年の札幌ビールの一般販売を区別しています。サッポロの公式商品紹介で、現存する日本のビールブランドの中で最も歴史が長いとされているのは、1877年に起源を持つサッポロラガーです。この説明を会社全体の順位や、日本初の醸造所という意味にまで広げると、それ以前の横浜の歴史が抜け落ちてしまいます。
スプリングバレーはキリンへとつながる事業の原点です。キリンについては、1885年のジャパン・ブルワリー設立、1888年のキリンビール発売、1907年の麒麟麦酒株式会社設立を分けて見ることができます。ヱビスビールは、1887年に設立された前身の会社が1890年に発売しました。アサヒも、1889年の大阪麦酒の設立後、1892年にアサヒビールを発売しました。性質の異なる日付を並べると、どのブランドが古いのかという問いの答えも変わります。
サッポロの星は、色まで同じなのでしょうか?
サッポロラガーの赤い五稜星は、開拓使が用いた北極星の象徴を受け継いでいます。北方の開発を担った官庁の印が、商品を見分ける目印として残ったのです。ラベルを見るときに星の形だけを覚えていると、サッポロのさまざまな商品を同じデザインとして捉えがちです。しかし、赤い星を意味する愛称「赤星」は、サッポロラガーと結びつけて読む必要があります。
サッポロのほかの商品には、金色の星も見られます。共通する星の形と、商品ごとに異なる色は区別したいところです。赤い星があれば、商品名とラベルの説明をあわせて見てください。別の色の星なら、どの製品に使われているかを確認してみましょう。印の歴史と現在のパッケージデザインをこうして分けると、色だけで会社全体を説明してしまう誤りを減らせます。
恵比寿は、ビールの名前が町の名前になった例です
東京の恵比寿は、もともとある町の名前をビールにつけた例とは順序が違います。1890年に発売されたヱビスビールを輸送するため、1901年に貨物駅が設けられ、駅にも恵比寿という名前がつきました。1906年に旅客の取り扱いが始まると、住民や訪れる人たちもその名前を使うようになりました。商品を運んでいた鉄道の駅名が、人々の行き交う場所の名前になったのです。
1928年には恵比寿通という正式な地名が生まれ、現在の恵比寿一〜四丁目は1966年の地名整理を経ています。つまり、ビールの発売、駅の開設、町名の確定は、一度に起きた出来事ではありません。地図に残る名前を読むときには、かつて何を運ぶ施設があったのかに目を向けることができます。この場合は、ビールを輸送していた工場と駅が、そのつながりを示しています。
ビヤホールは、工場の外でビールに出会う場所でした
1899年、東京・銀座にヱビスビールを出すビヤホールが開店しました。サッポロの公式史は、これを日本初のビヤホールと紹介しています。ここでの「初」は、ビヤホールの歴史についての説明として読む必要があります。当時、500ミリリットルの一杯は10銭で、庶民にとって安い価格ではありませんでした。ビヤホールの開店だけで、大衆化が完了したとも考えにくいでしょう。それ以前の日本にはビールを飲める場所がまったくなかったとか、現在の会社の飲み会文化がここで発明されたという意味まで含んでいるわけではありません。
ビヤホールを見ると、ビールが醸造所で瓶に詰められる工程の外へ、どのように広がったかを考えることができます。街の看板に商品名が掲げられ、同じ場所で多くの人がビールに触れるようになります。洋食や都市の外食文化も、あわせて見たい背景です。ただし、ビールと特定の料理の組み合わせが全国に同じ速さで広まったと断定できる資料は、この記事では扱っていません。
合併と戦争が、ラベルの名前を変えました
1906年、札幌麦酒・日本麦酒・大阪麦酒は合併し、大日本麦酒となりました。現在は別々のブランドとしてなじみのあるサッポロ・ヱビス・アサヒの名前が、一つの会社のもとにあった時期があるのです。キリンはこの合併に含まれていません。戦時中の1943年には、個別のブランド名に代わって「麦酒」という統一商標が使われるようになりました。ビールそのものが全面的に禁止されたという意味ではありません。瓶に記された名前の変化は、広告の好みだけでは説明できず、当時の産業統制とあわせて読む必要があります。
1949年、大日本麦酒は朝日麦酒と日本麦酒に分かれました。分割の法的根拠は、過度経済力集中排除法でした。戦後、特定の企業に集中した経済力を減らすための法律です。サッポロブランドは1956年に北海道で復活し、1957年に全国販売を始めました。社名が日本麦酒からサッポロビールに変わったのは、それとは別に1964年のことです。現在の会社名をそのまま昔のラベルに当てはめると、この間の経緯を見落としてしまいます。ラベルの製造者名、ブランド名、発行時期をあわせて確認したい理由です。
1987年、ドライは味を伝える競争の言葉になりました
アサヒは1987年にスーパードライを発売しました。1988年にはキリン・サントリー・サッポロもドライ商品を発売し、いわゆる「ドライ戦争」が起きました。アサヒは、ドライの特徴を、甘さを抑えた、後味のすっきりした味と説明しています。商品に使われる「ドライ」という言葉は、こうした味の印象を伝える表現です。味の特徴を短い言葉にしてパッケージの前面に掲げる方法が、競争の中心に入ってきました。
ただし、一つの製品の成功を、日本人全員の好みが同時に変わった結果として説明することはできません。消費者の選択には、商品の味だけでなく、広告や流通、販売現場の条件も作用します。発売年や会社が説明する特徴は確認できても、当時の市場変化の原因を一つに絞るには、別途分析が必要です。
小さな醸造所と税制が、商品の分類を変えました
1994年、日本ではビール製造免許を取得するための年間最低製造数量が、2,000キロリットルから60キロリットルに引き下げられました。60キロリットルは6万リットルです。小さな醸造所も免許の基準を満たしやすくなり、地ビールが増えるための制度上の条件が整いました。大手の全国ブランドと地域の醸造所を区別して見ると、現在の日本のビールを一つのスタイルにまとめにくい理由も見えてきます。
発泡酒や「第三のビール」という名前には、酒税制度の影響があります。発泡酒は、麦芽比率などの法的条件によってビールと区別される区分で、「第三のビール」は一定の時期に使われてきた通称です。すべてを同じ法律上の種類と見ることはできません。メーカーは、原料や製造方法の異なる商品を発売し、当時の税率の差は価格を説明する一つの条件となりました。2023年10月、新ジャンルは発泡酒の品目に組み入れられました。この記事の確認日である2026年10月10日には、すでに税率が変わっています。2026年10月1日から、ビールと発泡酒の基本酒税率は1キロリットル当たり15万5,000円に統一されました。これは販売価格ではなく酒税率であり、消費税は別です。
昔のラベルからわかること、わからないこと
ラベルの星や地名、会社名からは、どの官庁や工場、鉄道がつながっていたのかを読み取れます。しかし、それだけで19世紀のビールの味を復元することはできません。中川がドイツで学んだという事実も、当時のビールが現在のミュンヘン式デュンケルと同じだったという証拠にはなりません。初期のビールがすべて黄金色や琥珀色で、パンやキャラメルの香りがしたという描写も、麦芽やホップの味が強く、濁りがあり、重い口当たりだったという描写も、確認できていません。炭酸が弱く泡が粗かった、製造のたびに味が大きく異なったという比較資料も不足しています。初期の日本人が皆、苦味のために嫌ったという説明も一律すぎます。当時の商品への好評や、外国人居留地からの販売要請も記録されています。
濾過と殺菌の有無も、時期や醸造所ごとに検討する必要があります。サッポロの公式年表には、1888年に低温殺菌したサッポロラガーを発売したと記されています。明治時代のビールをすべて非殺菌としてまとめる説明は、この記録と合いません。だからといって、現在の熱処理商品を見て、1877年の最初の商品も殺菌していたとさかのぼって判断することはできません。小樽の現在のデュンケルを含め、現代のビールを明治初期の味の正確な再現品として紹介できる根拠もありません。
現在の生ビールの状態を調べる基準も、昔の味を証明する資料とは別です。保管温度や器具の洗浄、配管とグラスの管理、温度に応じたガス圧といった条件は、提供時の品質を確認するうえで重要です。大手の醸造会社は、店舗向けの洗浄・取り扱い指針や研修を提供しています。ただし、管理指針があるからといって、どの店でも同じ状態で提供していると断定することはできません。ラベルを鑑賞したメモには、目に見える色と名前、確認した年、まだわからない味を分けて書いてみてください。お酒を飲まなくても、公式アーカイブや地図からこの歴史を読むことができます。
メモ
- 会社の公式史は、自社の工場やブランドの歴史を説明する資料です。「初」「最も歴史が長い」といった表現は、その資料の対象と範囲を踏まえて読みました。
- 初期のビールの色・香り・炭酸が、現在の商品で再現されているとは判断していません。商品の分類や税率は、確認する時点によって変わる場合があります。
事実確認の資料
本文の執筆で参照した資料です。
- キリン歴史ミュージアム:明治以前のビール
- キリン歴史ミュージアム:出島での試験醸造
- キリン歴史ミュージアム:ペリー艦隊の宴会記録
- キリン歴史ミュージアム:横浜の醸造所
- キリン公式史:会社とブランドの沿革
- サッポロ公式史:開拓使の醸造所
- 長岡市:中川清兵衛
- サッポロ:中川の修業と醸造計画
- サッポロ:ホップ栽培の歴史
- サッポロラガー:赤い星とブランドの歴史
- ヱビス公式史:ビールと地名の関係
- アサヒ公式史
- サッポロ:銀座のビヤホール開店
- サッポロ:戦争とブランドのラベル
- サッポロ公式年表:合併・殺菌・ブランド復活
- キリン歴史ミュージアム:ドライ競争
- アサヒ:ドライの味の表現
- 国税庁:地ビールと製造免許
- サントリー:発泡酒開発の歴史
- 国税庁:酒税制度と商品開発
- アサヒ:新ジャンルの発泡酒への組み入れ
- 国税庁:2026年10月施行の酒税率
- サッポロ:店舗向け生ビール管理指針